ヨガと食でカラダとココロを調えて、老けない・呆けない・寝込まない元氣人生を歩もう!・・・何てったって元氣が一番!

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ようこそ!NPOヨガ元氣学

アーチのポーズと子供と赤い薔薇
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顧問 見山敏氏のご紹介&ごあいさつ

【見山 敏 顧問のご紹介】

 この度、顧問を快諾していただいた見山敏氏を紹介させていただきます。私がヨガに出会った頃からの道友であり、ヨガを仕事面で活用した『心のヨガ』で多くの方々をより良い生き方に導き多大な影響を与え続けている。 
 彼は、出会った人を丸ごと元氣に明るくする『陽のオーラ』に満ちた、たぐいまれな使命を持っている人物です。ヨガの広いジャンルの中で潜在意識活用と成功哲学を深めている。かつ、実生活でやさしく解りやすく説いてくれる講演は絶賛の嵐につつまれる。
 運がよくなる!毎日が愉しくワクワクしてくる!何より元氣が湧く。・・・何てったって元氣が一番!の、わがヨガ元氣学のキャッチフレーズを縁ある方に体現してくれる有り難き指南をいただけます。
 以下、必読の価値ある「ごあいさつ」をご一読ください。
                      理事長 武藤誠四郎

初めまして

見山敏と申します。この度、ヨガ元氣学の顧問として、お仲間に入れていただくことになりました。まず、簡単に自己紹介をさせていただきます。
 メインの仕事は、講演家です。お陰様で通算回数1500回を突破しました。著書も35冊となり、多くの方に希望と勇気を与えさせてもらっています。
詳しくは、http://www.sophiamind.co.jp/

 私の使命はと問われれば「人々によみがえりの力を与える人となれ!」の一言に尽きます。見山敏に会って「元氣が出た」「勇気が出た」「生きる力が湧いて来た」・・・それが私の最大の喜びです。
 そんな喜びの輪を広げたくて、昨年「あったかビューティくらぶ」という新規事業を発足しました。その事業の行動理念は「愛を形に」です。多くの人を感動と涙の渦に巻き込み、ビジネス書ベストセラーとなった小説「魔法の原石」で伝えたいことを実現するためです。
 そして事業の目的は「心もあったか、体もあったか、お財布もあったか」な、幸せな女性の仲間づくりを目指しています。

 なぜ、女性かというと、世界の平和は、女性の幸せがなくては、決して実現しないと確信したからです。女性が幸せだと、幸せな母親になり、幸せな母親は、子供に愛情をかけ、健康の土台である食事にも愛情込めて作るからです。つまり子供の運命を担う食育をきちんと行うからです。当然ご主人の健康管理にも氣を配ります。

 その結果、愛情いっぱいで育った子供達が健全に育ち次の世代を担うからです。そして健全に育った若者達が、愛にあふれる社会を必ずつくります。偉業を成し遂げた偉人には、必ず幸せな母親が存在し、愛情をいっぱい与えています。子育てこそ、最も価値ある最大の事業なのです。
 
 20世紀は、男性が主役でした。男性はいきおい大きな箱物をつくりたがります。また頭で考えた社会をつくります。確かにそれで科学技術が大きく進歩しました。反面、大自然やその大自然を育む命がないがしろにされて来ました。しかしこれからは、子宮で物事を考え、命を育む女性が、社会の主役になる時代です。そのためには、女性がまず幸せになる必要があるのです。

ヨガ元氣学との出会い

 一言で言えば、ヨガ元氣学の理事長、武藤先生とのご縁です。以前、別の仕事でご一緒させていただいたことがありました。もっとさかのぼれば、共通の師・沖ヨガの創始者・故沖正弘先生の道場でのご縁です。つまり沖先生がつないでくれたご縁です。

 今回、私が「あったかビューティくらぶ」を立ち上げ、是非ご一緒させていただきたい旨、お願い申し上げたら、即、快諾いただくことになり、こうしてコラボすることになりました。まさにヨガ元氣学と協賛という関係です。

 私が新しい事業を立ち上げた理由として「今、低体温が社会問題化し、大変深刻な状態であり、とりわけ女性の低体温化を何としても解消しなければと思っています」とお伝えしたところ、不思議なことに武藤先生もヨガ教室でそのことを、講話とか通信で啓蒙されておられたところだったのです。まさにこれぞシンクロニシティ(共時性)! 
 そこにまた、深い、深いご縁を感じたのです。
 そして出会ったのが、このヨガ元氣学の発起人で、事務局長の榎本佳葉子さん。彼女から、その設立から今日までの活動をお聞きした時、何としてもこのヨガ元氣学を盛り立てたい、全国区レベルの組織化をしたいと強烈に思ったのです。
 なぜなら、今の閉塞感漂う日本を元氣にする宝物がいっぱいあると感じたからです。

 私は、日本の近未来の問題をNHK問題と言っています。(NHKにお勤めの方は、氣になさらないで下さい。何の関係もありませんから)それは、N(寝たきりで)、H(ほっとかれて)、K(嫌われて)つまり病気、貧困、孤独です。
 とりわけ医療費に関しては、国家財政を完全に圧迫しています。今こそ、ヨガ元氣学の精神で、病気にならない、貧困にならない、そして孤独にならない、心と体と経済の健康づくりをする必要があります。

沖ヨガとの出会い

 人生には、3つの坂があります。登り坂、下り坂、そしてまさかの坂。本来希望にあふれる社会人第一歩の時に、私は、まさかの坂、それどころか真っ逆さま。人生のどん底を体験したのです。

 オムロンという一流企業に入ったのはよかったのですが、田舎者の私が配属になったのは、大東京。しかもその当時、最も嫌っていた販売の第一線。公私にわたりいろんなストレスをため、強度の胃腸障害を起こし、薬を飲めば飲むほど効かなくなり、その副作用で最後は食べたものは吐く、肌はざらざら、会社には行けない、気力も体力もない。だんだん将来が不安になってくる・・と悪循環に陥っていました。長男も生まれたばかり、責任もある、かと言って実家は、母子家庭で育ててくれた母が細々と暮らしている極貧家庭だったのでとても帰る訳には行かない、まさに八方ふさがりとは、このことです。

 そして現代医学が怖くなり、いろんな民間療法や宗教に救いを求め、最後にたどり着いたのが、沖ヨガ道場でした。今でも忘れません、昭和50年12月25日、雪のちらつく寒い日でした。有給休暇を全部使い、ボーナスを全部注ぎ込んで25日間の滞在を申し込んだのでした。長男を抱え、心配そうに見送ってくれた家内の顔が今でも脳裏にはっきりと焼き付いています。

 私が選んだのは、改造班。これは難病を抱える人が選択するコースです。そして「断食は起死回生の妙法」という先生の著書の言葉を信じ、まるでわらをもすがる気持ちで、その滞在期間の断食を決意したのでした。それは、それは、私の一生にとって、寒さと修行の厳しさと睡眠不足の過酷な25日でした。しかも30年来の大寒波の年だったのです。
 また沖先生の指導の厳しさは、半端なものではありません。「時間を区切ってやるのが練習。ぶっ倒れるまでやるのが訓練。ぶっ倒れてもさらに起き上がってやるのが修行だ」と豪語しておられる沖先生だから、その指導のこわいこと、こわいこと!
 「治る資格がある者のみ個人指導が受けられる」と案内に書いており、申込みをしたのになかなか受けられなくて、やっと叶った時は、それは大きな期待半分、不安半分の複雑な心境。

 お会いした途端、間髪を入れず沖先生に聞いたのです。「先生、私の病気どうしたら治るでしょうか?」すると沖先生は、鬼のような怖い形相をしてこうおっしゃるではないですか!「てめえの病気。俺の知ったことか!てめえみたいな汚らわしい奴は、早く死にやがれ!」と。
 今から思えば、先生の目には愛があふれていましたね。その時の私は、本当に氣が枯れていました。まさに氣枯れ=汚れ。後になってつくづくそう思います。自分のことばかり考えている私がいましたから。

 先生は、私のことを大切に思ってくれて、大きく切って(大切)くれたのです。私の中にある依存心、甘え心をバッサリ切ってくれたのです。嫌な販売という仕事についたのを、病気をすることによって、逃げていたのですから。何しろ病気をすると、堂々と会社を休めます。また人がちやほやしてくれますからね。これも私の身勝手な解釈でした。

 物の見方が変わると今では、販売の仕事が一番好きな仕事になっています。まして「販売上手は、人生上手」なんて本まで書いているのですから。全て病気は自業自得。自らつくったものです。そのことに本当に氣づかされたのです。もちろんずっと後々のことですけど。

 

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